お手頃なフルセット

成人式のお振袖をお探しの方、お手頃な料金設定で大正時代の本格アンティーク振袖を、フルセットで提供しています。大正時代アンティーク振袖は、現代のものと根本的に異なります。古き良き時代の、素材や製作時間に拘らず、兎に角良いものを残そうという思いで職人が制作した逸品ばかりです!

大正時代フルセットをお手頃な料金で!

大正時代の本格アンティーク振袖のフルセットを、お手頃な料金設定で提供しており、大変に好評を得ております。足袋や肌襦袢から、刺繍半襟ビーズバッグ・ビーズサンダル・髪飾りまで、お客様がご用意していただくものはございません。

ベースとなる、振袖・長襦袢・帯は大正時代アンティークです。素材に良質のシルクを使用していますので、肌触りもしっとりしています。体にフィットするのに、長時間着ていても体が締め付けられる窮屈さはありません。

アンティーク振袖で成人式に参加したり、お出かけになれば周囲の目が釘付けになること間違いありません。是非一度ご体験下さい!

君が袖振る その3

振袖の袖は何故長いの?

振袖の定義とは

 若い女性がひらりひらりと長い袖を揺らしながら、成人式会場に赴く様子は、日本の良き文化としてすっかり定着していますし、1月の風物詩にもなっています。さて、現代人が“振袖”という言葉からどんな様態の和服を連想するかについてですが、人によってそれほど違うことはなく、ほぼ同じイメージの和服を連想するのではないでしょうか。しかし、定義が余りに漠然としていて曖昧なので、少し整理してみようと思います。

 “女性用の着物の袖が長いものを振袖という”、多くの方がそのようなごく漠然としたイメージを持っているのではないでしょうか?確かに、現在、袖の短い和服は振袖とは呼びませんが、単に袖が長ければ振袖と呼ぶのかと言えば、必ずしもそうではないようですので、少し丁寧に来歴を見て行きます。

袿(うちき)から振袖へ

服飾学的な分類で見れば、袖が長いか短いかは振袖を定義づける際には関係が薄いようです。現代の和服の原型は平安時代初期にできたようですが、ごく初期には、袖部分の体に近い側も遠い外側も縫い付けていない筒状の形でした。この和服を袿(うちき)と言います。袿(うちき)は袖の部分が縫っていないので、腕が自由に動かすことができ、活動的な作業には大変に向いています。しかし、外気がストレートに入って来ますので、冬場は寒く感じてしまいます。また、袖部分の肌が露出する状態は衣服としては洗練されているかどうかというと確かに改善できる余地がありました。

 そのような事情から、袖の手を出す部分より下の方を縫い付ける服がつくられるようになりました。この服を、袿(うちき)に対して小袖(こそで)と言います。さて、小袖は袖の先が縫ってありますから、冷たい外気が流入してしまう対策としてはとても有効でした。しかし、今度は夏場には熱が籠り易くなってしまうという問題が起きてしまいました。特に子供は体温が高いため、服の中に籠った熱を逃がすことを考えるようになりました。

そこで考えだされてのが、袖の体に遠い側の袖口だけを縫い付け、体に近い側の袖口は縫い付けない子供用の小袖です。この小袖だと、それまでの小袖より手の自由が効き、籠った熱も逃がすことができるという訳です。

振袖に進化

さて、袖の片側だけを縫い付け、体に近い側を縫い付けていない新しい小袖と、それまでの小袖を区別する必要が出て来ました。袖の体に近い側の袖口を、“振り八つ口”と言いますので、旧来の小袖ではなく新しい小袖を、「振り八つ口を縫い付けてない小袖」と表現しました。しかし、いくらなんでも言い方が長すぎますよね!そこで、「振り八つ口を縫い付けてない小袖」が詰まりに詰まり、最初の文字と最後の文字だけを残した「振袖」という言葉に進化して行きました。確かに、振り八つ口が縫い付けていない小袖(振袖)ですと、腕が動かし易いため、袖もよく振れることになりますね。でも、順番としたら、振り八つ口を縫い付けていない小袖が結果として袖がよく振れる、それが「振袖」という言葉ができた順番です。このように、振袖への進化は、装飾的な意図を重視したものではなく、あくまでも実用面に重点がおかれていました。また、振袖は、あくまで子供用に進化した小袖ということで、女の子だけのものではなく男の子も当然着ていました。

袖の長さ

皆さんもお気づきだと思いますが、小袖から振袖に進化して行く過程で、袖の長さに関する話題は出てきていませんね。そうです、袖の長さとは関係なく、小袖が振袖に発展したことになります。では、現代人が思い描くような、袖の長い振袖はどのように発展していったのでしょうか?そろそろ、振袖の袖がなぜ長いのかとの本題に入りましょう。ファッション性のためだと言ってしまえばそれまでですが、話はそれほど単純ではないようです。

袖の長さを競った町娘たち

江戸初期までは、振袖は現在のような長さではなく、今で言う小袖と同じ長さだったようです。江戸時代になり、社会が安定してくると、庶民文化が発展しました。歌舞伎や人形浄瑠璃の発達に伴い、演劇的要素の強い舞踊が派生し流行しました。踊り子が袖を振る仕草は愛情表現であり、 哀れみを請う仕草でもありました。その仕草を未婚の娘達が真似をして大流行したため、振袖は未婚女性の着物という習慣が出来上がったようです。また、若い女性が習い事として踊りを習うことも一般的となりました。その際、袖が長い方が動きが流麗に見えるということで、袖が少しづつ長くなっていった大きな要因で、娘たちは袖の長さを競うようになりました。時代の流れとともに実用面よりも装飾的な面を重視するようになり、振袖は未婚女性のお洒落でユニークな衣装として定着して行きました。旧来より、袖を振るという仕草は、人との縁・魂を呼び寄せ厄払い・清めの儀式に通じるとも考えら、人生の門出に身を清めるという意味を込め、結婚式や成人の日などに振袖を着用する習慣に繫がって行きます。

袖の長さが落ち着く

 庶民文化が開花した元禄時代(1700年頃)には、袖丈(肩から袖の先までの長さ)はせいぜい55センチくらいだったようです。それが徐々に伸びて行き、幕末頃には短くても95センチに、長いものでは122センチの記録もあるようです。身長が今よりずっと小さかった江戸時代の女性では、それこそ地面についてしまうほどの長さだったのではないでしょうか。明治時代以降、振袖は未婚女性の第一礼装として定着し、それに伴い服装としてのバランスも考慮されるようになり、極端に袖がながいものは作られないようになりました。ファッションや文芸が最も興隆した大正時代には、袖の長さこそ115センチくらいまでになりましたが、模様の多様性が一挙に開花しました。

君が袖振る:その1「令和5年以降の成人式」

君が袖振る:その2「袖を振る意味とは」

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定休日 不定休
最寄り駅 長沼駅から徒歩4分

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