成人式アンティーク

アンティークは純国産シルク

成人式の振袖をお探しの方、良質の純国産シルクからつくられた、大正時代アンティーク振袖で差をつけて下さい!

振袖物語

養蚕と絹糸 その2

日本シルクの黎明

 アンティーク振袖の素材であるシルクは、時間も場所も遥か遠い向こうからやってきました。

 

 日本にはいつ頃養蚕が伝わったのでしょうか。福岡県の有田遺跡(紀元前200年頃)からは平絹が出土していて、当時の中国の絹織物とは織り方が異なることから日本列島特有の絹織物が既にあったと考えられています。と言うことは、紀元前200年以前の弥生時代には日本で養蚕が行われていたことになります。弥生人もシルクをまとっていたようです。朝鮮半島には紀元前1世紀頃に伝わったことが分かっていますので、日本には朝鮮半島経由ではなく、中国から直接伝わったと考えられています。3世紀、卑弥呼の時代には日本で絹織物が行われていた記録が「魏志倭人伝」にあるようです。卑弥呼は女王様ですから、当然シルクをまとっていたのでしょう。しかし、あくまで養蚕は、ごく特殊な技術であり、産業として組織的計画的に行われるのはずっと後のことになります。 

江戸時代のシルクブーム

 絹(シルク)が日本に最初に入って来た当時は現代と違い、大変な貴重品で宮中の皇室関係者しか扱うことができませんでした。やがて、少しづつシルクの存在が知られるようになって行きました。時代が進み、江戸時代になると、皇室だけでなく、武家の方や裕福な町人なども絹を纏う習慣が出てきました。しかし、絹の国内生産はまだ始まっておらず、中国(清朝)からの輸入に頼っていました。江戸時代初期・17世紀中旬になると、日本は絹を大量に輸入するまでになり、最大の輸入品目になりました。そして、徳川幕府が開幕時に所有していた金貨の四分の一、銀貨の四分の三が輸入品の支払いのために日本から流出してしまう事態になってしまいました。 

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ピンチをチャンスに

   江戸時代は最大の輸入品は絹でしたので、高級品であり贅沢品である絹が徳川幕府の財政を圧迫してしまったことになります。しかし、ピンチは見方を変えればチャンスであると捉えることもでき、日本人はこのピンチを大変に上手く乗り切りました。江戸時代初期、シルクを中心とした輸入品の支払いで徳川幕府の財政が圧迫されるという事態に陥ってしまいました。当時、外国との貿易の支払いは金や銀で行っていましたので、金銀の保有量はそのまま国力に直結していました。大量の金銀が輸入品の支払いで海外に流出してしまうことに危機感を感じた幕府は、ある窮余の策を打ち出します。 

 

日本に養蚕業が誕生

  一つは、高級織物の中心的産地である京都西陣に、輸入糸を使うことを禁じ、国産の糸を使うように命じました。もう一つは、各藩に養蚕を行い国産の絹糸を作るよう勧める「養蚕勧奨」のお触れを回しました。たまたま、日本が蚕の食べ物である桑の木が生育できる気候であったことも幸いし、各藩で養蚕が盛んになり上質な絹が生産されるようになり、養蚕が産業になって行きます。また、養蚕の副産物の紬糸を利用し、各地で紬織物が生産されるようになり、各地の特産物になって行きました。また、生糸にできないくず繭や汚れ繭を利用し本当に、日本人はピンチをチャンスに変えることを昔から行ってきたのですね!

養蚕と絹糸」はまだまだ続きがあります!

「養蚕と絹糸 その1」養蚕と絹糸 その3」はこちらをどうぞ!

 

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